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俺が貧乏浪人生で、お前が月20万稼ぐフリーターだったこのエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/12/31 15:39|泣ける話コメント:95
なあ、お前と飲むときはいつも白○屋だな。
一番最初、お前と飲んだときからそうだったよな。
俺が貧乏浪人生で、お前が月20万稼ぐフリーターだったとき、
おごってもらったのが白○屋だったな。
「俺は、毎晩こういうところで飲み歩いてるぜ。金が余ってしょーがねーから」
お前はそういって笑ってたっけな。
俺が大学出て入社して初任給22万だったとき、
お前は月30万稼ぐんだって胸を張っていたよな。
「毎晩残業で休みもないけど、金がすごいんだ」
「バイトの後輩どもにこうして奢ってやって、言うこと聞かせるんだ」
「社長の息子も、バイトまとめている俺に頭上がらないんだぜ」
そういうことを目を輝かせて語っていたのも、白○屋だったな。
あれから十年たって今、こうして、たまにお前と飲むときもやっぱり白○屋だ。
ここ何年か、こういう安い居酒屋に行くのはお前と一緒のときだけだ。
別に安い店が悪いというわけじゃないが、ここの酒は色付の汚水みたいなもんだ。
油の悪い、不衛生な料理は、毒を食っているような気がしてならない。
なあ、別に女が居る店でなくたっていい。
もう少し金を出せば、こんな残飯でなくって、本物の酒と食べ物を出す店を
いくらでも知っているはずの年齢じゃないのか、俺たちは?
でも、今のお前を見ると、
お前がポケットから取り出すくしゃくしゃの千円札三枚を見ると、
俺はどうしても「もっといい店行こうぜ」って言えなくなるんだ。
お前が前のバイトクビになったの聞いたよ。お前が体壊したのも知ってたよ。
新しく入ったバイト先で、一回りも歳の違う、20代の若いフリーターの中に混じって、
使えない粗大ゴミ扱いされて、それでも必死に卑屈になってバイト続けているのもわかってる。
だけど、もういいだろ。
十年前と同じ白○屋で、十年前と同じ、努力もしない夢を語らないでくれ。
そんなのは、隣の席で浮かれているガキどもだけに許されるなぐさめなんだよ。


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今年、母が亡くなった。このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/12/09 22:25|泣ける話コメント:72
今年、母が亡くなった。

遅い反抗期だったと思う。中学生まで親に逆らわず良い子だった俺が、
高校生になり急に親に反抗するようになった。
母親には罵声を浴びせ、家に帰らない日々が続いた。

高校卒業と同時に家出同然に実家を出た。
最初のうちはそれでも住所くらいは伝えていたが、
住所を何度か変えるうちいつの間にか両親との連絡は一切途絶えてしまっていた。
唯一電話番号を教えていた(それでも一切連絡のなかった)弟から電話が来たのは、
俺の彼女のお腹に子供がいることが判明した今年2月の事だった。

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年老いた親を子どもが背負って山に捨てるこのエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/20 05:52|泣ける話コメント:9
「乳母捨て山」の話聞いたことありますか?

年老いた親を、子どもが背負って山に捨てるというやつです。
大昔、貧しさから本当にその風習があったそうです。
そしてこんなことがありました。

背負われている間、親は山の木の枝を折って落としましました。

やせこけた腕を一生懸命のばして、一本一本、折り続けました。

山奥に着き、自分を捨てて去っていく我が子に、親は言いました。


「目印に木の枝を折ったから迷わずに下るんだよ」


親ってこういうものです。


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美人で気丈なママが私の膝の上で泣いた。このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/16 17:00|泣ける話コメント:6
58 :ほんわか名無しさん :2007/03/07(水) 13:50:43
私の父と母は、昔から仲が悪かった。
喧嘩する仲というよりも、冷え切っていた。
それは小学生だった頃の私にもわかる程だった。
気付いたら父が別居していたりと、どちらかというと母と一緒にいた記憶のほうが多い。
強くて美しい母は、私には冷たかった。理由は未だにわからない。
母が夜に遊びに出掛けるのを、私が泣いて嫌がると、重いソファーに潰して出掛けたり
学校の帰りが少しでも遅くなると、遠くから走って家に入ろうとする私を、
母は玄関から冷たい目で睨み、玄関の鍵を締めたり、とにかく、嫌われていた。
そして私は、どんどん壁を作った。傷つかないように。
大好きなママに、これ以上嫌われないように


59 :ほんわか名無しさん :2007/03/07(水) 14:00:52
私が中学生になった時には、既に完全に別居となっていて、父と会う事はほぼなくなっていた。
兄はグレてしまい、高校を中退し家を出ていってしまった。
冷え切った関係のまま、母と私の二人暮しで数年過ごした。
中学三年の半ばのある日、ママは夜遊びをせず家にいた。嫌な予感がした。
ご飯を食べ終わった後、ママは言った「ママ、離婚して東京に行くから」
美人で、気丈なママが、私の膝の上で泣いた。初めて泣いた。
壁が出来上がっていた私には、無表情で「そう」「うん」としか言えなかった。
でも、そんなママの姿を見て私の涙は止まらなかった。
ママは私を嫌っているのに、なぜ泣く?


60 :ほんわか名無しさん :2007/03/07(水) 14:13:02
私が高校に上がったら出ていく、とママは宣言した。
ママとの二人暮しも、高校に上がったら終わり。
それからのママは、壁はあるものの優しかった。
高校の入学式の朝、ママは数年ぶりに「おはよう」と言ってくれた。
気恥ずかしいせいか、笑顔ではなかった。でもママなりに頑張ったんだと思う。
部屋の中の片隅には、ママの荷物がまとまっていた。
洗濯や掃除も、すべて片付いていた。
「○○が家に帰ってきたら、ママいないからね」と念を押した。
泣かない。絶対に泣かない
そして、私は玄関を出た。薄いカーテン越しに、私を見ているのがわかった。
どんな気持ちで見ているのかはわからなかった。

入学式が終わると、走って家に帰った
もちろんママは、いなかった
大好きなママ、ひとりぼっちの家、ひとりぼっちの高校生活、手料理の味
涙が、止まらなかった


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つい先日じぃちゃんが死んだ。 このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/16 13:00|泣ける話コメント:3
つい先日じぃちゃんが死んだ。
父方のじぃちゃんで親戚中わんわん泣いた。

んで昨日じぃちゃんの荷物整理してたら古い100円硬貨がドッサリ出てきたのよ。
しかも製造年が全て同じ年。
何の年か分からず困ってると親父登場で一言「・・・それ俺の生まれた年。」

その夜深夜にトイレで目覚めると居間に明かりが。
親父がむせて咳しながらタバコ吸ってんのよ。
「むせるぐらいならタバコ止めろよww」と冗談言おうとしたが言えなかった。

葬式でも涙を見せなかった親父が例の100円玉並べて泣いてんのな。
俺正直涙を全く見せない親父を冷たい人間だと思ってた。
強い人間なんだと実感。
トイレなんか忘れて俺ももらい泣きしながら寝たよ。

んで今日起きたら何事もなかったかのように親父が
「これ、じぃちゃんのお守りだ。」って例の100円玉くれた。
何気なく見たら親父大事そうにその100円玉財布に入れてんのな。

俺も大事に財布に入れてるよ。

親父みたいな強い大人になりたいと思った。


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部長の解雇を伝える社内メールが全員に届いた。このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/14 00:49|泣ける話コメント:10
そのときの部長はすっごく冷たくて、いつもインテリ独特のオーラを張り巡らせてる人だった。
飲みに誘っても来ることはないし、忘年会なんかでも一人で淡々と飲むようなタイプで、よく怒られていたこともあって、俺はすごく苦手だった。

ある日のこと、部長の解雇を伝える社内メールが全員に届いた。
あのむかつく部長がいなくなる!!
心の中でガッツポーズしたのは俺だけじゃなかったはずだ。

それから一週間後、部長の最後の出勤日。
退社のセレモニーが終わると、みんなそそくさと帰って行ったが部長と俺だけは居残って仕事を片付けていた。
送別会の開催も自ら断った部長を苦々しく思っていると、珍しく専務から呼び出された。
しぶしぶ専務室へ行くと、課長と専務が待ち構えていた。

俺はそこで初めて課長から「部長解雇の真相」を聞いた。
原因は俺だった。俺のミスの責任を全て部長が被っていてくれたらしい。
話しを聞いてたまらなくなった俺は急いで部署に戻ったが、部長の姿はすでになかった。
ふと自分の机の上を見ると、封の開いた買い置きタバコ。すでに一本なくなっている。
横に添えられたメモにはこう書いてあった。

「これぐらいはいただいてもいいはずだ」

俺にとっては無くなったその一本が、思い出の一本です。


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娘が6歳で死んだ。このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/11 20:00|泣ける話コメント:21
娘が6歳で死んだ。
ある日突然、風呂に入れている最中意識を失った。
直接の死因は心臓発作なのだが、持病のない子だったので
病院も不審に思ったらしく、俺は警察の事情聴取まで受けた。

別れた女房が「彼氏」同伴でやって来たが、
もはや俺にはその無神経に腹を立てる気力もなく
機械的に葬式をすませた。
初七日も済んで、俺は独りで映画を観にいき、娘が観たがっていた
ゴジラととっとこハム太郎の二本立てを観ることにした。
とっとこぉはしるよハム太郎♪の歌を聴いた瞬間、やっぱり俺は泣いた。
6歳にもなって活舌の悪い娘が、この歌を一生懸命覚えて、
とっとこぉ、はしゆよ、はむたよお♪と歌っていたっけ。

ハム太郎の紙コロジーだってクリスマスに買ってやるつもりだった。
女親のいない家庭だったが、少しでも女の子らしくと、
服を買うときだって、面倒がらずに吟味を重ねた。
学校だって、行きたいところに行かせてやるつもりだったし
成人式には、ちゃんと着物を着せてやるつもりだった。
女房と離婚してから俺は100%子供のために生きることにして、
必死にやってきたのに、この世に神様なんて絶対いないんだと知った。


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金融屋をやってて追い込みかけに行ったら…。このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/11 11:07|泣ける話コメント:3
3年前の話。
当時、金融屋をやっていたんだけど<裏金>その年の夏。
いつものように追い込みかけに行ったら、親はとっくに消えていたんだけど
子供が2人置いてかれてた。
5歳と3歳。<上は男の子、下は女の子

俺はまだペーペーで、周りの兄さんらと違って顔も怖くなかったらしく
家に行ったときすぐに下の子になつかれた。
ボロボロの服で風呂にも入ってなくて、「いつから親はいないんだ?」って
聞いても答えない。
「何食ってたんだ?」って聞いたら、上の子は下をむいて泣いた。
下の子が「こっち」って手を引いて裏庭に俺をつれていった。
破れた金網を通ってでたところは、小学校の裏庭だった。
「あのね、みーちゃんこれ食べたの」って池を指す。
嫌な予感がした。
だってさ、その池って金魚がウヨウヨ泳いでるんだよ・・・。
2人を抱きかかえて家に戻ると、テーブルに小さいボウルと茶碗。
「お前ら・・・金魚食ってたのか・・・」って聞いたら「・・・うん」
すっげーやるせなくて涙がでて、俺もその場にいた兄さんらも泣いた。

すぐに兄さんがたくさん食べ物と洋服を買ってきた。
近くの銭湯で体を洗ってやった。
その後、俺らじゃどうしようもないから施設に連絡をいれた。
連れていかれる時に「お兄ちゃんありがとう」っていってた。
・・・全然ありがとうじゃねーよ・・・俺たちがお前らの親を追いつめたのに。
俺を含めて何人かは、この後仕事を抜けた。

ただ、救われたのは、こいつらの親がきちんと出てきた事だった。


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成人式の為に買ってもらったスーツを着て…。このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/08 23:00|泣ける話コメント:4
成人式の為に買ってもらったスーツを着て
かっこいいと言われ、何枚も写真を取られ
車で会場まで送ってもらい
「友達と飲むだろうけど、イッキなんてしたらいかんよ?
 遅くなるだろうから気をつけて帰ってらっしゃい」
そう言われた後一人で会場を一周し、中に入ることが出来ず
友達と飲みに行くことになっている手前、そのまま帰ることも出来ず
夜まで時間つぶすためにその足でスロット店へ行き
親からもらったお年玉を使い切るのに2時間も持たず
銀行から下ろした8万も消え
どうしようもなくなって、夕方頃に家に帰り
人が多すぎて友達と会えなかったと言う俺に
母さんは、じゃあ夕飯ちゃんとしたもの作らなきゃねと言い
俺は震えて声も出せないほど泣いた。


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思い出したように「野球、ごめんね」と言った。 このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/08 20:00|泣ける話コメント:3
幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。
学もなく、技術もなかった母は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。
それでも当時住んでいた土地は、まだ人情が残っていたので、何とか母子二人で質素に暮らしていけた。

娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を持って、近所の河原とかに遊びに行っていた。給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。

ある日、母が勤め先からプロ野球のチケットを2枚もらってきた。
俺は生まれて初めてのプロ野球観戦に興奮し、母はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。

野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に止められた。
母がもらったのは招待券ではなく優待券だった。
チケット売り場で一人1000円ずつ払ってチケットを買わなければいけないと言われ、帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは、外のベンチで弁当を食べて帰った。
電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら、母は「母ちゃん、バカでごめんね」と言って涙を少しこぼした。

俺は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって、一生懸命に勉強した。
新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。結婚もして、母に孫を見せてやることもできた。

そんな母が去年の暮れに亡くなった。
死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように「野球、ごめんね」と言った。
俺は「楽しかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。


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大東亜戦争に出陣するに際して このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/07 17:08|泣ける話コメント:7
佐藤章 

菊水隊 イ36潜、イ37潜、イ47潜 

昭和19年11月8日出撃 

妻への手紙 

まりゑ殿 

かねて覚悟し念願していた「海い征かば」の名誉の出発の日が来た。
日本男子として皇国の運命を背負って立つは当然のことではあるが然し
これで「俺も日本男子」だぞと、自覚の念を強うして非常にうれしい。 
短い間ではあったが、心からのお世話になった。俺にとっては日本一の妻であった。 
小生は何処に居らうとも、君の身辺を守っている。正しい道を正しく直く生き抜いてくれ。 
子供も、唯堂々と育て上げてくれ。所謂偉くすることもいらぬ。金持ちにする必要もない。
日本の運命を負って地下百尺の捨石となる男子を育て上げよ、小生も立派に死んでくる。 
充分体に気をつけて栄へ行く日本の姿を小生の姿と思いつつ強く正しく生き抜いてくれ。 

大東亜戦争に出陣するに際して 

昭和十八年九月二十一日


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二十歳で超ギャルでケバくて超美人だけどツンとしてて…。このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/05 22:00|泣ける話コメント:7
高校三年の時。
ウチのクラスは本当に仲良くて、毎日毎日ワイワイやってた。
ただ一人を除いて・・・
ケババァってあだ名の女子がいた。
女子と言っても二年も留年してるからもう二十歳で、超ギャルで、ケバくて、超美人だけどツンとしてて、ブランド物をジャラジャラつけて、香水プンプンで。
彼女はクラスの輪に入ろうとはしなかったし、みんなも彼女を避けていた。
楽しかった一年があっという間に過ぎ、卒業式の日が来た。
最後にクラスみんなで輪になって、一人一言ずつお別れの言葉を言うことになった。

その時のケババァの言葉。

「私は白血病で入院していた為、二年間も高校を休学していました。
もう二十歳なのにコスプレみたいと思われたかもしれないけれど、
オシャレをすることはガリガリでハゲ頭だった入院中の私の夢でした。
だけどホントはオシャレよりもしたかったことがあります。みんなと仲良くしたかったです。」

そう言った彼女は目に涙をいっぱい溜めて、とても綺麗で、ツンと何てしていなかった。
それまでヘラヘラしてた奴らも泣き出していた。
彼女の言葉を一学期に聞いていたなら、きっと彼女にとって楽しかった一年になったに違いない。
何だか凄く悔しかった。


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母さんが轢かれた…。このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/04 22:00|泣ける話コメント:0
あの日俺が楽しみにとってあったアイスクリームを、母が弟に食べさせてしまった
学校から帰り、冷凍庫を開け、アイスを探したが見つからなかった
母親に問い詰めると、弟が欲しがったのであげたと言った
その時楽しみにしていた俺は、すごく怒った
母親に怒鳴り散らし、最後に「死ね!」と叫び、夕食も食べずに部屋に篭もった
それから何時間か経った
俺は寝てしまっていたようだ、が、父親が部屋に飛び込んで来たので目が覚めた
「母さんが轢かれた・・・!」
あの時の父親の顔と言葉を、俺は一生忘れないだろう
俺達が病院に着いたとき、母親はどうしようもない状態だと言われた
医者は最後に傍にいてあげて下さいと言い、部屋を出た
それから少しして、母親は息を引き取った
その後、母親があの時間外にいた事を父から聞いた
買い物に行くと言って出て行き、その帰りに車に轢かれた事
現場のビニール袋の中には、アイスが一つだけ入っていた事
救急車の中でずっとごめんねと呟いていた事
その時、俺のためにはアイスを買いに行って事故にあったとわかった

通夜と葬式の間中、俺はずっと泣いた
そして、今でもこの時期になると自然に涙が出てくることもある
母さん、ごめんな
俺が最後に死ねなんて言わなかったらと、今でも悔やみ続けている


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半年ちょい前の俺へこのエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/04 09:00|泣ける話コメント:0
半年ちょい前の俺へ

そっちは午前4時だな。
部活で疲れてぐっすりだと思うが、頑張って起きろ
今から言う事をやってくれ。頼む、お前の為だから。しくじるなよ。

音をたてないようにしろ、気づかれるから。
まず、1階に降りて台所から包丁を持ってこい。
そしてお前のバカ兄貴の部屋の前に行き
ドアを開けて部屋に駆け込み一撃でぶった切れ。

バカ兄貴が首を吊ろうとしてる、その柔道の帯で作った輪っかをな。
そうしないとバカ兄貴が首吊って死んじまうぞ。
発見した時の光景と母さんの悲鳴はたぶん一生お前の頭から離れなくなる。
前日まで普通に相談に乗ってもらってた兄貴が次の日には死んでんだぞ
いなくなるんだ

あと兄貴に言ってやれ。
「さんざんアンタをバカにしてきたが、学校じゃ自慢しまくるくらい好きなんだよ。」って

頼む。頼むよ。
頼むからこの文を半年前の俺に送らせてくれよ。
頼むよ。お願いします

「おやすみ。また明日な。」
って言ってたじゃねえか


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3歳になる娘が、突然字を教えてほしいといってきたこのエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/03 12:00|泣ける話コメント:0
3歳になる娘が、突然字を教えてほしいといってきた・・・。
どうせすぐ飽きるだろうと思いつつも、毎晩教えていた。

ある日、娘の通っている保育園の先生から電話があった。
「○○ちゃんから、神様に手紙を届けてほしいって言われたんです」
こっそりと中を読んでみたら、
「いいこにするので、ぱぱをかえしてください。おねがいします」
と書いてあったそうだ。
旦那は去年、交通事故で他界した。

字を覚えたかったのは、神様に手紙を書くためだったんだ・・・
受話器を持ったまま、私も先生も泣いてしまった。

「もう少ししたら、パパ戻って来るんだよ~」
最近、娘が明るい声を出す意味がこれでやっとつながった。
娘の心と、写真にしか残っていない旦那を思って涙が止まらない・・・。



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2008/11/03 10:00|泣ける話コメント:0
今年の3月
高校卒業と大学入学祝いに父と2人きりで初めて酒を飲んだ
父と対座して酒を酌み交わすってのが
なんとも居心地が微妙なもので・・・。
かといって 下戸なのですぐに酔ってしまい、
父はカラカラと、これじゃあ酒でまだお前に負けることはないなと
笑っていた。

しかしその3日後に緊急入院。
末期の食道癌で家に帰ることなく闘病7ヶ月でこの10月10日に逝った。
あの日が最初で最後の父と息子の晩酌だった・・・。


父の遺品を整理していると、ワインが納屋からまだいくつか出てきた。
几帳面な父らしく綺麗に生理整頓されていた。
僕は銘柄の良し悪しは良く分からないが、ラベルを見てみると、
何か文字がメモしてあった。

「××(僕の名)大学卒業用」
「××就職時用」
「××結婚時用」

瓶を抱いて僕はずっと泣いてしまった・・・。
ワインをあける機会を奪った病気を恨んだ。

もっと酒を教えてもらえばよかったと、もっと色々話しすればよかった

本当に・・・。



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2008/11/01 22:00|泣ける話コメント:0
俺が小学校に上がる前に離婚し、母は女手1つで俺を育ててくれた。
父と結婚する前仕事らしい仕事もしたことがなかった母は
お弁当屋の調理やコンビニエンスストアのレジなどのパート勤務で生計を立てていた。
当然家は貧しく、俺は高校を卒業したものの、バブルがはじけ最悪の不景気で、就職もできず家でぶらぶらしてばかりいた。
そんな俺に母親は「そのうちいい仕事が見つかるよ^^」と独り言のように呟いては無理に明るく笑いかけていた。

ある日、母は「パソコンぐらい使えないと就職も難しいのかね?パソコン買おうか?」と言い、俺を電器屋に連れていった。
パソコンのことは何も知らない母と俺は店員に勧められたパソコンを買いインターネット接続の作業も頼んで店を後にした。
帰るとき母親は「25万円かー、こんな大金を使うのは父さんが死んで初めてだねw」と笑った。

▽続きを読む▽




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父からもらったドーナツの箱を開けたこのエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/01 10:00|泣ける話コメント:0
学生時代、書類の手続きで1年半ぶりに実家に帰った時のこと。
本当は泊まる予定だったんだが、次の日に遊ぶ予定が入ってしまったので結局日帰りにしてしまった。
母にサインやら捺印やらをしてもらい、帰ろうとして玄関で靴紐を結んでいると、父が会社から帰ってきた。
口数が少なく、何かにつけて小言や私や母の愚痴を言う父親のことが苦手で、一緒に居ると息苦しさを感じていたので、父が帰宅する前に帰ってしまいたいということもあり日帰りにし、ひいては家から通えない距離の学校を選んだのも理由の一つだった。

父が、「なんだお前、泊まるんじゃなかったのか」と訊いたので、
「ちょっと忙しいから」とぶっきらぼうに答えると、
「そうか・・・」と言いながら手に持っていた ドーナツの箱を私に差し出し、
「これやるから、電車の中で食え。道中長いだろうから」と言った。
電車の中ではさすがに食べられないと思いながらも受け取った。
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母が脳梗塞で死んだ。このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/01 08:00|泣ける話コメント:0
母が脳梗塞で死んだ。
43歳だった。

10日まで元気だったのに。急に逝ってしまった。本当に急に・・・
11日の朝、母は低血圧で夜遅い仕事のせいもあるのだが朝が弱い、朝食を作るのは俺の日課になっていた。
いつもみたいに朝御飯作って母さんを起こしに「ごはんできたぞ」と呼んだ。
でもいくら呼んでも返事がなかった。いつももう少し寝かせてとぶーぶー文句言いながらも、絶対に起きてくるのに、おかしいと思って見に行ったら母さんはもう冷たくなってた。
最初はふざけてるのかと思った・・・

俺がまだ3歳のときに父親が死んで女手一つで俺を育ててくれた母さん。
よく口論もしたし引っ叩かれもした。まるで姉弟のようにほんとよく喧嘩した。
母さんが会社の帰りに飲みにいって終電なくなると毎回俺が呼び出された。
あきる野に住んでるってのに新宿だ、吉祥寺だと。
あちこち呼び出され、ほんとアホかと。
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お母さん。お母さん。お母さん。このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/11/01 00:00|泣ける話コメント:1
俺には、3つ違いの弟がいた。母は「お兄ちゃんだから我慢しなさい」なんて一言も言わなかったと思う。
でも、甘えるの我慢してた記憶はたくさんある。3歳ながらに「弟はまだ赤ちゃんなんだから」っておもってたんだよなぁ。
親父は出張が多くてほとんど家にはいなかったな。
俺が小学生なって初めての運動会の朝、母は満面の笑みで「ゆう君(俺)がんばってね!お母さん、かずちゃん(弟)とお弁当持って見に行くからね!」って
送り出してくれた。その満面の笑みは今でもすぐに思い浮かぶ。

しかしそれが、俺が聞いた母の最後の言葉だった。

母は自転車の後ろに弟を乗せ、カゴには俺の大好きなものばかり詰まった弁当を乗せて、俺の始めての運動会を見に行く途中、信号無視したトラックにはねられた・・・。
小1の頃の記憶は、ほとんどない。


「お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。」
もっともっともっともっともっと、甘えればよかった。
弟が乳を飲んでいる時にも、「もう片方のひざはぼくのモノ~」って甘えればよかった。
もっともっと甘えたかった。甘えたかった・・・・。

あれから20年
今日の午前2時55分、俺は親父になりました。
ちゃねらー歴はずいぶんだが、初めて来た育児版でふと目に止まったこのスレ。

俺は、嫁と娘を全力で一生守ります。誓います。
お母さん、かずあき、どうか天国で見守っていてください。



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ありがとう、お父さん。このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/10/31 23:00|泣ける話コメント:0
俺の母親は、俺が2歳の時にがんで死んだそうだ。
まだ物心つく前のことだから、当時はあまり寂しいなんていう感情もあまりわかなかった。
この手の話でよくあるような、「母親がいない事を理由にいじめられる」なんて事も全然なくて、良い友達に恵まれて、それなりに充実した少年時代だったと思う。
こんな風に片親なのに人並み以上に楽しく毎日を送れていたのは、
やはり他ならぬ父の頑張りがあったからだと今も思う。

あれは俺が小学校に入学してすぐにあった、父母同伴の遠足から帰ってきたときのこと。
父は仕事で忙しいことがわかっていたので、一緒に来られないことを憎んだりはしなかった。
一人お弁当を食べる俺を、友達のY君とそのお母さんが一緒に食べようって誘ってくれて、寂しくもなかった。
でもなんとなく、Y君のお弁当に入っていた星形のにんじんがなぜだかとっても羨ましくなって、その日仕事から帰ったばかりの父に「僕のお弁当のにんじんも星の形がいい」ってお願いしたんだ。
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たのむから神様何とかして下さい(゚Д゚)ゴルァ! このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/10/31 22:00|泣ける話コメント:2
どうして私がいつもダイエットしてる時に(・∀・)ニヤニヤと見つめやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして私が悪いのに ケンカになると先に謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうしてお小遣減らしたのに 文句一つ言いませんか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして交代でやる約束した洗濯をし忘れたのに 怒りませんか(゚Д゚)ゴルァ!

どうして子供が出来ないのは私のせいなのに謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして自分が体調悪い時は大丈夫だと私を突き放して 私が倒れると会社休んでまで看病しますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして妻の私に心配掛けたくなかったからと病気の事を隠しますか(゚Д゚)ゴルァ!
おまけにもって半年とはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
長期出張だと嘘言って知らない間に手術受けて助からないとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
病院で俺の事は忘れていい男見つけろとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちの気持ちは無視ですか(゚Д゚)ゴルァ!
正直、あんた以上のお人よしで優しい男なんか居ませんよ(゚Д゚)ゴルァ!
それと私みたいな女嫁にすんのはあんた位ですよ(゚Д゚)ゴルァ!

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フリーザぶっ倒してくれるの!?このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/10/31 21:00|泣ける話コメント:1
「ほんとにフリーザぶっ倒してくれるの!?」
「今日はお前の誕生日だろ?」
「・・・カーチャン戦闘力あるの!?5000じゃ殺されるよ!?」
「カーチャンいっぱい修行したからね、6500くらいあるからたぶん勝てるよ」

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癌が見つかりました。でも、絶対に死にません。このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/10/31 20:00|泣ける話コメント:7
癌が見つかりました。子宮癌。
でも、絶対に死にません。
子ども達と子どもにネクタイだけ付けたようなダンナを置いて死ねません。
私と私の家族の幸せを自分達の幸せと思っている両親と義両親を置いて死ねません。

算数の文章問題が苦手でプリント前にして涙ぐんじゃう長男を置いて死ねません。
おじゃ魔女ドレミごっこで、おんぷちゃん役になれないと暴れる長女を置いて死ねません。


明後日入院します。
内臓全部くり抜いても良いから生かして下さいと先生に言ったら苦笑いされましたけど。
本当は不安で不安で転げ回りたいくらいですが、ともかく私は死にません。
と高らかに宣言させてください・・・・・。



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俺と同い年くらいの女の子だったこのエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/10/31 14:00|泣ける話コメント:1
Saga2は思い出のソフトなんだ……今でもよく思いだしては切なくなってます。

俺さ、産まれた時から酷い小児喘息だったのよ。
夜中にかーちゃん起こして病院連れてってもらうなんてしょっちゅうだったし、
小学校あがって更に病状が悪くなって。もちろん体育なんかでれないし、
みんなと外で遊ぶ事すらできなかった。

んで、小五になってからほぼ毎日病院行って吸入するくらいまで悪化しちゃって、
そのまま3週間入院する事になって。。。

んでね、そん時4人部屋の病室だったんだけど
二人はおばあちゃんとおじさん、んでもう一人は俺と同い年くらいの女の子だった。
俺、昔からすげぇ人見知りが激しい上に物凄い照れ屋で、なかなかその同室の人達と仲良くなれないで一人で勉強してるかゲームボーイやってるかだったのよ。
そん時家から持ってきたソフトが「Saga2」で、もう一回クリアしたやつだったんだけどヒマだしもっかいやるかな、って毎日やってたワケさ。

んで入院して一週間立った頃、俺がゲームボーイやってる時は
なんかその同室の女の子がじーっとこっち見てる事に気づいたんよ。俺が彼女の方みると慌てて目逸らすんだけどね。
もしかしてやってみたいのかな?と思って、「良かったらコレ借そうか?」って聞いたのよ。

そしたら目ぇ輝かせて「いいの?」っていうもんだから、「もう飽きたからな」とか照れ隠しして借してあげたさ。

でも案の定操作が分からないらしく、画面とずっとにらめっこしてるもんだから
俺が操作教えながら一緒にゲーム進めることにしたんよ。
パーティーは人間・男の主人公「リョータ(俺の名前)」で、仲間は人間・女「さやか(彼女の名前)」
あとはエスパーガールとロボットにそれぞれ同室のばあちゃんとおじさんの名前つけたっけ。それからどんどんそのコと仲良くなって、二人でゲームボーイやるだけじゃなく、色んな話もするようになった。
学校の事、家族の事、好きな音楽の事、近くに迫った夏休みの事…
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妹想いの優しい兄でしたこのエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/10/31 12:00|泣ける話コメント:0
私には、兄がいました。
3つ年上の兄は、妹想いの優しい兄でした。
ドラクエ3を兄と一緒にやってました。(見てました。)
勇者が兄で、僧侶が私。遊び人はペットの猫の名前にしました。
バランスの悪い3人パーティ。兄はとっても強かった。
苦労しながらコツコツすすめた、ドラクエ3。おもしろかった。
たしか、砂漠でピラミッドがあった場所だったと思います。
とても、強かったので、大苦戦してました。

ある日、兄が友人と野球にいくときに、私にいいました。
「レベ上げだけやってていいよ。でも先には進めるなよ。」
私は、いっつもみてるだけで、よくわからなかったけど、
なんだか、とてもうれしかったのを覚えてます。
そして、その言葉が、兄の最後の言葉になりました。

葬式の日、父は、兄の大事にしてたものを棺おけにいれようとしたのを覚えてます。
お気に入りの服。グローブ。セイントクロス。そして、ドラクエ3。
でも、私は、ドラクエ3をいれないでって、もらいました。
だって、兄から、レベ上げを頼まれてたから。

私は、くる日もくる日も時間を見つけては、砂漠でレベ上げをしてました。
ドラクエ3の中には、兄が生きてたからです。
そして、なんとなく、強くなったら、ひょっこり兄が戻ってくると思ってたかもしれません。
兄は、とっても強くなりました。とっても強い魔法で、全部倒してしまうのです。
それから、しばらくして、ドラクエ3の冒険の書が消えてしまいました。
その時、初めて私は、泣きました。 ずっとずっと、母の近くで泣きました。
お兄ちゃんが死んじゃった。やっと、実感できました。

今では、前へ進むきっかけをくれた、冒険の書が消えたことを、感謝しています。



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嫌われてる奴の特徴このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/10/31 02:00|泣ける話コメント:0
嫌われてる奴の特徴

大抵、表面的にはいい人を気取っている割に、実は、面倒なことやリスクから逃げて、自分が必死になりたくないだけで、自分の限界や実力が露呈することを恐れて、自分を取り繕うことだけを考えている。

自分から女に話しかけたり誘いをかけるわけでもなく、待っているだけの態度で、同性にすら、自分が仏頂面をしていても優しく扱われることを一人で期待していて、グループ行動ができず、かといって一人でも、一匹狼ではなく群れからはぐれた羊。

自分から企画をしたり、決断をするわけでもなく、すべて人に任せるだけで、問題が起きれば、自分は関係ない顔をして逃げたり、迷惑そうないやな顔をするだけで、当然ながら仲間からの信頼がゼロに近く、そういう評判にも敏感な女からは敬遠される。

当事者として経験を積むことがなく、年齢の割には顔つきが非常に幼く、そのくせ、ろくな運動や食事をしていないのか、肌や体つきがかなり老けていて、そのアンバランスさが全体的にエイリアンっぽくて、童貞の匂いがプンプンしてくる。

会話の内容が、テレビやネットを通じた他人の話ばかりで、行動力のなさが窺え、知識自慢で相手を退屈させ、相手の話には必ず否定的な説教をして自分を偉く見せ、話を膨らませるより遮断させることが得意で、ネガティブなオーラが顔をますます暗くする。



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彼女がこのコンビニに来る様になったのは…。このエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/10/31 00:00|泣ける話コメント:2
いつの頃からだろうか・・・
彼女がこのコンビニに来る様になったのは。
彼女は毎日同じ時間にやって来て、毎日同じ物を買って行く。
220円のサンドイッチと120円のフルーツジュース。
二つ合わせて、税込みで357円
無論、毎日同じ物を買って行く客は他にも沢山いる。
ただ、俺が彼女の事を覚えたのは、彼女がとても綺麗だったからだ。

   357エンニ ナリマス         
                   _    ハイ !
        _□    __//| ,,,,,,,
       ( 'A`)   // ̄|_ (‘ー‘ヾ
        (ヽ)ヽ/?ロ / ノ( )ゝ
        ) ) | ̄ ̄ ̄|/  | |

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飼ってたネコが死んだこのエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/10/30 22:00|泣ける話コメント:0
5年位前の話

飼ってたネコが死んだ。
超がつくほど溺愛してた。
自分よりネコの方が大切なくらい可愛がってた。
親はたまにネコを叱るけど、俺は叱ることも、もちろん叩いたことなんてなかった。

でも、一度だけ大きな声を出してしまったことがある。
それはドラマを見ている時で、ちょうど良い感じの盛り上がるところ
そこで、ネコがしつこく鳴いて外に出たがった。
だから俺はつい「うるさい!!!」って言ってさっさと外に出した。
その一度だけ。

翌日、学校から帰ってきたらネコが死んでた。
死ぬ前に言った言葉が「うるさい」だなんて泣きたくなった。
あの時、死ぬ姿をオレに見せたくなかったから外に出たがったのだろうか。
ネコに言った最初で最後の不満の言葉。
しばらくは立ち直れなかった。

でもある日、夢にそのネコが出てきて、俺の足に体をすり寄せてきた。
まるで、怒ってないよと言ってくれてるように。
夢から覚めて思った。
「あぁ、この夢は俺の願望なんだろう」と
俺は、それでも涙が止まらなかった。



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金に困ったら質に入れろ、多少金にはなるだろうからこのエントリーを含むはてなブックマーク あとで読む

2008/10/30 19:00|泣ける話コメント:3
大学が決まり一人暮らしの前日の日
親父が時計をくれた。
金ピカの趣味の悪そうな時計だった。
「金に困ったら質に入れろ、多少金にはなるだろうから」
そういってた。
二年生のある日、ギャンブルにハマリ家賃が払えなくなった。途方にくれていた時。
ハッと気がつき、親父の時計を質にもって行った。
紛れもない偽者であることが判明した。
すぐに親父電話した。

俺「おい!偽者子供につかませんなよ!」
親父「なっあてになんねーだろ人のゆうことなんざ。困った時にこそ裏切られるんだよ最後の頼みの綱になー。がはははは!これが俺の教育だよ。」
親父「でいくら必要なんだ?金に困ったんだろ?」
俺「・・・・あきれるわ。十二万貸してください・・・」
親父「明日振り込むから、何があったかは聞かない。金がない理由は親にいえない事が多いわな!」
親父「がはははは!女にでもはまったか?このバカ息子が!!ははは!!」

正直心底むかついたが、親父の声は俺を安心させてくれた。
今思うと、小さい会社だが経営者らしい教育だったのかなと思う。
そんな親父も去年の夏、ガンで死んだ。
往年の面影も消え、ガリガリになった親父がまた時計をくれた。
まだ箱に入った買ったばかりの時計だった。必死で笑顔を作りながらいった。
親父「金に・・困ったら質にでも・・・入れろや・・!」
オメガのシーマスターだった。くしくもその日は俺の誕生日だった。

俺「親父の時計はあてになんねーから質には入れないよ。」
二人で笑った三日後、親父は死んだ・・・・
親父が死んだ今も、金ピカの時計はまだ時を刻んでいる。



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